臨床研修の進め方(例:かぜの治療)

臨床研修でのやりとりを部分的に再現しました。講義の知識を臨床でどう適用するか、先生や先輩とのやりとりを通じて考え、脈や所見を手移しで学びます。グレーの部分は解説です。


先輩:(望聞問切、血圧測定を終えて)さて、どうだった?
後輩:祖脈診で診た印象を云うと、全体的には浮大の熱型でやや数(サク)、肺脾肝の中位から沈位にかけて急に拍動が弱くなり、軟脈系のいわゆる中身の少ない感じです。でも浮位では熱の反発が少し強い感じもしますね、特に上焦で。でも心肺症状や頸肩のコリ等は特に言ってなかったですよね...。
脈診については、初期のトレーニングでは祖脈診を、1年目の年明けからは比較脈診を集中訓練する。また日々の臨床実践の中でも脈診ごとに先生からコメントが出される。本エピソードもその一コマ。
先輩 先輩:そうだね。主訴のアトピーも、いつもより落ち着いているのにね...。この熱、なんだろうね?
アトピー性皮膚炎が悪化すると脈における熱の反発が強くなる。
後輩:まあ愁訴とあまり関係なさそうなので、とりあえず進めていいですか?
すべての脈を取り上げるのではなく、治療に必要な特徴を取捨選択する判断を学ぶ。
先輩:そうだね。じゃあ証はどうする?
証によって治療する随証療法である。
後輩:肺脾が軟傾向だったので、確認のため比較脈診でも診たら肺脾虚でした。お腹の症状もないし、腹診上も多少の緊張はあるけど脾の軟脈とからむような所見は無さそうです。いつもの肺虚体質の脈と考えて、本治は69難肺脾虚、標治はアトピーの鍉鍼でいいと思います。
相澤先生が岡部素道先生の内弟子(通算4人おられた)だった時、岡部先生は比較脈診を「略式であり便法」であるとおっしゃっていたとの事。研修センターでは祖脈診と比較脈診を両方学ぶ。
先輩:なるほど。じゃあ残る特徴の肝の軟傾向は?
病理四分論の表の画像 後輩:陰虚内虚熱でエネルギーの消耗が大きかったんですかね。ちょっとお疲れですか?
祖脈診の結果を病理四分論(originは素問調経論篇、講義でたびたび解説される)で考えて、肝血の無駄遣いによる陰虚内虚熱を検討し始めている。比較脈診で診て、病理二分論で考えて、整脈・体質改善を軸に69難本治とするか、祖脈診で診て、病理四分論で考えて、愁訴・寒熱証を軸に68難本治とするか。前の後輩発言では、69難を軸としつつ愁訴対応の標治に入力するという組み立てを想定していた。
患者さん:あぁ、さっき言い忘れたんですが最近ちょっと仕事が変わって大変なんですよね...。
後輩:じゃあこれで陰虚による消耗と、そこで出来た虚熱が上焦で滞っているってことでいいですかね。
先輩:う~ん...でも上焦の愁訴ってあまり無かったんだよね?頸肩含めて上焦を触ってよく確認しようよ。
(患者さんを再度よく触って確認する。)
必ず触って証拠を取る。
後輩:あれっ?なんかいつもより緊張が強いですね。特に頸のあたりはなんていうか、つっぱってるというか...このあたりどうですか?(患者さんの前頸部を押圧して尋ねる)
「頸のあたり」「このあたり」という発言から分かるように、所見をピンポイントでとらえられていないので、問題を特定できないかもしれない。
のどを触っている患者さん 患者さん:あ、なんか痛いですね。
先輩:(頸の緊張、自覚の無かった圧痛、上焦の熱、肝血も不足気味、なんだろう...)
所見等の関係を整理して、問題として取り上げるか枝葉として捨てるか考える。
後輩:それじゃあ、自覚が無かっただけで、上焦にも熱の滞りの愁訴があったと捉えて、この辺にも治療を入れるって感じでいいですよね。
熱は特定の法則に従って抜ける。こうした法則も講義で解説される。
先輩:じゃあ我々の結論はこのぐらいにまとめておいて、先生、検脈お願いします。
1治療で治療前・中・後と3回脈を診るが、毎回先生が確認してコメントされる。
相澤先生 先生:(脈診して...)この方は、いつもは69難本治でアトピーの治療をやってるの?
ホワイトボードに診察内容や治療方針を研修生が書く。それを先生が確認している。
先輩:そうです。今日も69難の肺脾虚でいこうと思うんですけど、上焦の熱が少し強いわりに愁訴が微妙だったりして、何でしょう?
喘息等も含め体質改善を狙っての肺脾虚の治療だが、アトピーの熱の発生源は肝か腎が多い。肺の蔵象の講義で解説される。
先生:あぁ、これカゼかもね。
まだ触ってないので、あくまでも「かも」。
先輩:カゼですか?皮毛から外邪が入ってきていわゆる実脈になるわけですよね。今日の患者さんだと熱の反発がそれほど強い感じがしないんですけど。
実「熱」と虚「熱」の違いは熱の発生源による違いだが、祖脈診の実「脈」と虚「脈」の違いは熱の量の違いなので、外邪=実脈とは断定できない。祖脈診の講義で解説される。
後輩:そうですよね。
先生:肺虚体質で軟脈系の人だから熱の反発がちょっと分かりにくいんだよね。これは例外的だから今分からなくてもいいよ。ただ声がかすれ気味だからそういう点からカゼを疑ってもよかったね。カゼの症状は無いの?
例外的な枝葉にこだわるよりも、臨床的には本道をはずさないことが大事。今回は脈にとらわれてカゼ声に気づかなかった点について指摘されている。
後輩 後輩:そういえば前頸部のつっぱりには圧痛がありました。あれもひょっとして...
カゼの可能性を示唆されて、所見との関連にはとりあえず気づけた。
先生:ちょっと失礼しますよ(頸を念入りに触診する...)よく触るとココ、それからココにも硬さがありますね。
カゼの際などに頸の所見が出やすいポイントなども肺の蔵象やCommon Diseaseの講義などで解説される。「このあたり」ではなく「ココ」と明確に特定されている。
患者さん:なんか嫌な感じがします。
先生:(鎖骨下部から胸郭を触診する...)肺の内圧の線は出てないですね。それから呼吸筋の所見もあまりない。まだ気管支などの深い所まではやられてないでしょう。このあたり(喉)止まっている。ただココ(鎖骨下)は結構硬いから鍼を使った方が良いね。
こうした所見は、病勢の判断ポイントにもなるし、また治療ポイントでもある。講義だけでは分からないので、こうした臨床の場で先生の実際の触り方を見て、真似ることで、同じように所見を触れるようになる。特定の角度、強さ、深さ、方向で触ることで初めて触知できるものも多い。
熱の放散ルート 先輩:熱の放散ルートのひとつ、肺・大腸ルートですね。そうなると肺経・大腸経もよく触って確認した方がいいですね。
前述の通り熱は特定の法則に従って抜ける。これは経絡治療の先輩方の遺産。ここにはこういうものがたくさん残っている。
先生:そうだね。理屈も大事だけど経絡治療は手でベタベタさわって所見をとる治療だから、ちゃんと触って証拠をとるようにね。「このへん」じゃなくて「ココ、コレ」ってね。そこに鍼や灸をするわけだから。
毎週の講義(1回2時間)で膨大な知識を学ぶが、そこに出てくる判断ポイントや治療ポイントは、手で触り分ける以外特定できない。従って、手で触りわけられないと効果はでない。経絡など最重要のものは研修初期に特に集中して訓練するが、その際、毎回先生の答え合わせがある。脈診等とともに手移しで教わるので体得できる。
後輩:そうですね。なんか「このへん」がつっぱってるなぁと漠然と触ってた気がします。
先生:あと脈のことでちょっと付け加えると、緊脈や自律神経症状が無いのにやや数だったということもカゼを疑うヒントになったかもね。
交感神経が亢進していると脈緊数で自律神経症状が出ている可能性が高い。それに対して数のみだったので、熱の数と考えてその原因としてカゼを疑ってみる、という選択肢もあったことを指摘されている。
先輩:あぁそうですね...。ずいぶん見落としちゃいましたね。
先生:この辺りは治療の選択が変わるからしっかり落とさないようにね。
肝怒肺優の情志の失調から緊軟の脈につながる病態は、自律神経失調と関連が深く組み立ても寒熱証とは異なる。
後輩:先生、こうなると脈に従って肺脾の土金補をベースにして、熱発が無いから肺郄補を加えればいいですか?
細かく云うとこの肺脾の土金補は68難。火郄水等の穴の選択や補瀉の選択にも基準がある。要穴の講義でも解説される。
ダイヤモンド灸 先生:そうだね。それを表側でやってだめなら裏側でダイヤモンド灸、それでもダメなら...
上手くいくとは限らないので、バックアップの方法が他にもいくつかある。
後輩:手の大腸経・小腸経から瀉法ですね。
これにも先輩方の細かいノウハウがある。
先生:そうだね。あとカゼだしもともと肺虚の人なのであまりしつこくやりすぎないようにね。あと大事なこと。カゼの時のレッドフラッグは?
刺激過多になると取り返せないので、控えた方が良い場合などをあらかじめ学ぶ。
後輩:レッドフラッグ、見逃してはいけない疾患を示唆する徴候や症状ですね。なんだっけ...
前述の、枝葉よりも本道を外さないという話の1つ。病院の受診を勧めたり、悪化したときの対応をアドバイスしたりと、漫然と鍼を打つだけではない、ちゃんとした治療を学ぶ。リスクの高いものをよく知っておいて適確に対応することは、鍼が下手でもすぐにできる。
先輩:腎実熱ですね。急性腎炎になる恐れがあるから、腎の強い熱型の脈が出たら受診勧奨ですね。
後輩:そうだ、あと高齢者などでは、肺の脈が深く沈めても消えないなら、症状が無くても無熱性肺炎の可能性もあるって講義で習いましたね。
先生:そう。よくわかってるじゃん。じゃあ続けて。(先生は去る。)
(この後、表側で肺郄孔最の補法と喉周囲・鎖骨下他熱の放散ルートの標治が功を奏して、上焦の熱と数脈は収まった。裏側はドーゼ少な目に設定しつつ全身調整穴を中心に鍼をして終了した。患者さんは体が軽くなって呼吸もしやすくなったと喜んでいた。)
下手でも効果が出せるように「全身調整穴」が用意されている。今回のケースでは背部のつっぱりを効果的に取るべく、いくつかの背部兪穴と、上下の対応関係の考え方を使って飛陽、跗陽を用いた。陥下・硬結の使い分けの法則も講義で解説される。
後輩:最近慢性化する患者さんが多いじゃないですか。来週そうなってたらどうすればいいですか?
かぜ一つとっても、急性期・慢性期・子供の風邪の鍉鍼・続発する咳喘息への対応をはじめ、医療の谷間である妊産婦のカゼへの対応、体質診断との関係、アレルギーとの鑑別なども含めて、講義で詳しく解説される。
先輩:外邪に侵された脈の形が残っているか、急性症状が消えても何となく熱っぽい、だるい、疲労感が強い、そういう症状が残っていれば、慢性期かもね。浮大の熱型タイプと軟脈タイプがあったよね。軟脈タイプの方がハイリスクだからね。蔵象の感冒の所をよく見直しておくようにね。(終了)

文責:15期 佐伯直也

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